「ロウ…あー…何だっけ?」
「ロウ・アルキスですよ、ロウ・アルキス。」



とある街の噂話



人通りもまばらとなった夕刻。

買い物帰りの主婦たちが道の先へと消えていく姿を何となしに目で追っていた私は、同じく何を見るでもなく街を眺める先輩へと繰り返す。どうやら欠伸を噛み殺し損ねたらしい先輩は、興味もなさそうだが、構うものか。町の平和は喜ばしいことであるが、それを警備する毎日はなかなかに退屈なものなのだ。昼過ぎから延々と交わした暇つぶしの会話も、そろそろネタ切れが近づいていた。

そんな時、ふいに思いだした同僚に聞いた噂話。


「なんでも、ヴィエラのギルドに所属する冒険者なんですが、」
「冒険者だぁ?」

途端、渋い顔をした先輩の反応は予想通り。
苦虫を噛み潰したかのよう、は言い過ぎだろうが、中々に嫌そうな顔だ。

まぁ、当然だろう。片や町の治安を守る警備隊、対して、何でも屋といえば聞こえはいいが、一歩間違えればチンピラとそう変わりがない冒険者。巷では冒険者の町とまで異名を取るヴィエラ・ガーナでも、双方の不仲は変わらない。


そもそも、どうやったってお互いの領域に踏み込まざるをえないことが多いのだ、と思う。

素行云々は置いておくにしても、チンピラ…もとい冒険者とやらは、依頼となれば時間も場所も問わず乱闘騒ぎが起こることは珍しくもないそうで。
町の警備と銘打って存在している我々としては、いくらチンピラ同士と思おうが、町の平和を守るためには放置するわけにもいかない。

結果、出動が増える増える。

挙句の果てに、うっかりギルド所属員を不当逮捕でもしようものなら、貴族のバックアップを全面に押し出したギルド相手に、こちらも痛い目を見るはめになるときた。



――― まさしく、目の上のたんこぶというヤツである。


「まぁまぁ…とにかくその冒険者、あ、商店街の裏っ側の通りにあるBlowoutsって安宿を拠点にしてるらしいんですが…」
「余計なのはいい。飛ばせ飛ばせ。」
「あ、はい」

気の短い人だ。そうは思うが、ご要望通りに、聞いた話を摘みつつ話す。
聞いた話は、纏めてみればこんな話だった。


――去年の冬なんですけど、近年稀に見るレベルで風邪が大流行した月があったじゃないですか。

そん時なんですけど、いくら万年人手不足だからって風邪も警備隊だけ避けてくれるってわけもなく、見事に大激突。特に北風が吹きつける東門に至っては、夜間の警備人員が1人になるまで落ち込んだらしいんですよ。

「あー…あったなぁ、そんなことが」
「俺らの部隊も酷かったですよね、バッタバタ倒れて。」

で、さすがに現状を憂いた我らが警備隊長殿は、断腸の思いでギルドに駆け込んだわけなんですが…やっぱり不審者の入り込みかねない門の警備を冒険者だけに任せるわけにも行かないじゃないですか。なんで、北門のエミールが急遽、東門に駆り出されたらしいんですよ。

「エミールって、あの丸っとした野郎か?」
「そうですよ。まぁ、去年の春に嫁さんもらってからの幸せ太りってやつですかね。」

とにかく、あいつって、まぁ俺たちの中でも温厚な性格じゃないですか。揉め事を起こさないように、ってことで選ばれたらしいんですが…その時に東門に回ってきた冒険者が、そいつなんですよ。
見た目はどうもゆっるい兄ちゃんらしいんですが…

「なんか、馬鹿強いらしいんですよ。」
「何が?ポーカーか?」
「なにボケてんですか、腕っ節に決まってんでしょ。」

まぁ、普段なら剣の腕なんか披露する機会はそうそうないんですけどね。警備隊に風邪が蔓延したってのが思ったよりも外部に漏れてまして――これに関してもうちの隊長なんかは冒険者共が吹聴したんだってもっぱら腹立ててましたが――来たんですよ、不法侵入目的のチンピラが、わんさか。

「あ?そんな話、俺ぁ聞いてねぇぞ?」
「そりゃそうでしょ。――まぁ話は最後まで聞いてください。」

とりあえず、東門のヤツラもまぁ必死に頑張ったらしいんですが…それなりの数揃えてきてましてね。ぶっちゃけ、ぼっろぼろにされて、あわや全滅――

「なんだそりゃ、情けねぇな。東門の奴ら。」
「まぁそう言わないでやってくださいよ。風邪引かねぇくらい体力のある若いのか、馬鹿しか残ってなかったんだから」
「にしたってなぁ…」


まぁそんな時、
倒しちゃったらしいんですよ、そいつが。一人で、全員。
チンピラども、10人ぐらいを。


「…あ゛ぁ?」
「俺を睨まないでくださいよ、ほんとなんですから。」

で、チンピラどもの不法侵入計画は無事解決したんですが、流石に警備隊は全滅したけど冒険者に解決してもらいましたーなんて面子丸つぶれじゃないですか。だから、報酬UPでギルドと警備隊長の間で他言無用ってことになった…ってのが本当らしくて。


「ま、そーゆう噂です。」

「……そりゃ、確かに面子丸つぶれじゃねぇか。」
「でしょ?まぁ、エミールの奴は、妙にその冒険者を絶賛してやがったんですが――」
「阿呆っ!あっさりやられやがった奴が何言ってやがる!!」
「だから、俺に言わんでくださいよ。」
「やかましい!!おいテメェ、この後付き合え。エミールの馬鹿野郎鍛えなおしたる!!」
「勘弁してくださいよ。何が悲しくて女房放って髭面の親父に付き合わにゃなら――」
「問答無用!ちょうど上がりの時間だ、行くぞ!!」

先輩の言葉に、そういえばと見上げた先では、夕陽に赤く染まっていた城壁が夜の闇に纏われている。噂話に熱中している間に、どうやら日も暮れたらしい。
すっかり人通りのなくなった通りの先から、夜間の警備兵たちがやってくるのが見えた。


――― どうやら今日は、愛しの女房の飯はお預けにせざるをえないらしい。
やれやれ、いきり立つ先輩の背中めがけて、溜息を零した。


2010.12.06 ... 花酉