さて、アンリ姫と継母の戦いの火蓋が切られる前日のこと――。

その日も、アンリ姫がこっそりと購入していたレースがフリッフリのパジャマの存在を家臣たちの前で暴露することで、アンリ姫を羞恥で死にたくなるレベルまで追い込んで大変ご満悦だった王妃様は、明日は何をしてやろうと犯罪者のような凶悪な笑みを浮かべておりました。
流石に過ぎる少女趣味を人に知られるというのは恥ずかしいものなのでしょう。
去り際に『覚えてなさいよ!次こそアンタをメッタメタに凹ませてやるんだから!』とか何とか騒いでいた負け犬の遠吠えが、実は地味に噛んでいたことも、王妃様の機嫌を良くした要因でした。


ところで説明が今更すぎてアレですが、この王妃様、実は魔法使いでありました。

魔法を使い、当初は大臣の座を狙っていたはずの自分が、何故か大臣を通り越して王妃となってしまったことに誰かしら絶対的立場にいる誰かしらの悪意を感じずにはいられませんでしたが、とにかく好き勝手できる立場に就けたわけです。
人々が自分の思惑通りに動くのが面白くて仕方がないという少々アレな性格の王妃様は、この望んでいた立場にありながらも、そう何もかもが上手くいくわけもなく、王妃の立場に就いた途端、アンリ姫という、自分にとって生涯の天敵ともいえる人物に遭遇してしまったのです。

そもそも初対面がよくありません。

当初こそ、まずは油断させるのが先決と、王妃として完璧な対応をしていたわけですが、父親の相手が男であることを告げられたアンリ姫が、暫くの狼狽の後『大丈夫、私そんな偏見は克服してみます』とでも言わんばかりの生ぬるい視線と笑みを送ってきたことが、自身の立場に納得のいっていなかった王妃様の癇に障ったのです。 お互いの親睦を深めるためにと開かれた食事会の間、アンリ姫と張るほどに導線の短い王妃様は、体面こそ守りつつも、お返しとでもいわんばかりにチクチクと嫌味を言うことだけは忘れず、引き攣っていくアンリ姫の表情に口の端を上げて笑っておりました。

そうして初対面から数時間後、
食事会が終わるころ、アンリ姫と王妃様は、すでにお互いを倒さねばならぬ敵と確信していたのです。


そんなこんなで、

本日も王妃様はアンリ姫をどうにか凹ませてやろうと日夜頭を巡らせていたわけですが、今日が上手くいったからといって、明日もそうとは限りません。王妃にとって理解に苦しむ脳内構造の持ち主であるアンリ姫は、決して油断できる相手ではないのです。万全を期すため、チラリと視線の端をかすめた魔法の鏡を久しぶりに見てみることにしました。

さて、とある経由から手に入れたこの魔法の鏡。
別名を真実の鏡と呼ばれ、どこでそんな情報を手に入れるのか分かりませんが、とにかく鏡に映った者が知りたいと思う真実を教えてくれるという大変便利な代物でした。
が、それにも関らず、王妃様はよほど機嫌がよい時にしかこの鏡を見ようとはしません。

なぜなら、王妃様はこの魔法の鏡の精である男が、大嫌いだったのです。
ムカつく、というのが王妃の言い分だそうですが、鏡の精からしてみれば好かれても嬉しくも何ともないどころかむしろ不快になることだったので、お互いさまでした。

とにかく、そんな大嫌いな男と話しをするほど、今日の王妃様の機嫌は良かったのです。

王妃様は、鏡の前に立ち、真実を教えてもらう立場を気にするような下手の態度は欠片もなく、鏡を睨みつけます。
すると、鏡に映った王妃の姿がゆらゆらと揺れ、不機嫌な表情の男が映りました。

「…なんだ」
「アイツに関する一番面白いネタをさっさと吐きやがれ」

一体、どこのチンピラでしょうか。
しかしながら、この態度にもいい加減慣れていた鏡の精は変わらぬ無表情で答えます。

「あの姫が聞けばショックのあまり世を儚みそうな情報なら、ある」
「死にたくなるほど、ねぇ…」

王妃はニヤリと口の端を上げます。あの神経のずぶとい姫が、世を儚みたくなるほどとは、それはそれは面白そうな情報だと思ったのです。
つくづく性格に難のある王妃ですが、話を進めたいと思います。

「で?なんだよ」
「…城内を中心に広まっている噂だが…」
「噂…?」
「最近のことだが…姫が、





 禁じられた愛と知りつつも愛してしまった王妃を巡って父王を暗殺する準備をしてるとか。」


「…あ゛ぁ?」

王妃様は、あまりの衝撃のに一瞬、人一人今からサクッと殺してきますといった今までで一番の凶悪面を浮かべてしまいました。なまじアンリ姫に大ダメージを与えられるのではと期待しながら聞いていたこともあり、予想もつかなかった鳥肌の立つようなおぞましい話に表情筋が抑えられなかったようです。
怒りのあまり、アンリ姫殺害計画を何通りも脳内で練り上げている王妃様の心を知ってか知らずか相変わらず淡々と鏡の精は続けます。

「お前が王妃となってからというもの、前王妃を亡くして元気がなかったアンリ姫が元気を取り戻しただけでなく、ほぼ毎日といっていいほどに王妃と歓談を交わしては、お互いに贈り物をしている仲で…また、以前に増して筋力トレーニングに力を入れるようになり、最近は忍びで出向いた城下で真剣な表情で毒殺に関しての本を立ち読みしていたのが目撃されたとか…。まぁ、そんな話だ。」

一体どこの誰がそんな噂話を流したのでしょう。
あの嫌味と罵倒の攻防を歓談と称し、互いに押しつけた唐辛子入りの紅茶やら呪いグッズやらを贈り物と受け止めるとは、なかなかの肝の据わった見解です。しかも後半部分はどういうことか、対象がマルっと入れ替わっております。

しかしながら、毒殺に関する本を立ち読みするような姫は如何なものなのでしょうか。

「噂が出始めたのは最近だが、異常なまでの浸透率ですでに――」
「…あ、の…クソ女…!」

憎むべきはは噂を流した本人だと思うのですが、王妃の脳内では、何もかもがアンリ姫のせいにすっかり変換されたようです。そろそろ大虐殺でも起こさんばかりの表情の王妃は、『あの女…ぶっ殺す』と穏やかでない台詞を呟くと、さっさと鏡の前から離れ、家臣を呼びつけます。


「お呼びでしょうか、王妃様」

呼び出された家臣は、凶悪すぎる王妃の笑みにビビりまくっておりましたが、そこに突っ込む度胸はありません。それほど地位は高くなくとも、優しい妻とそろそろ生意気盛りになってきたとはいえ、やはりまだまだ可愛い10になる息子を持つこの家臣は、願わくば自分に害が及ばないことを祈りつつも、王妃様の御用を待ちます。

「おい、お前。」
「…はい。」
「俺と、姫の、噂とやらを知ってるか?」

「はい?……あぁ、あの姫様と王妃様の仲睦まじい噂のことで…いえ、もちろん私どもは姫様が陛下を暗殺しようと思っていないことなど知って――」

「へー…知ってる、ってわけだ。」

「ヒ、ヒィィ!」

部屋の温度がガクッと下がるような絶対零度の笑みを向けられた家臣は、今すぐにでも部屋を飛び出したいのを懸命に押さえ、震える足を必死に戻そうとします。誤解なんかしていないことをきちんと伝えたはずなのですが、一体どうして部屋の温度がこれほどまでに氷点下に突入していっているのでしょうか。

「国一番の…暗殺者でもなんでも、今すぐあの頭ん中すっからかん姫に差し向けてこい」
「…は?今何と…」
「…聞こえなかったか?」
「ヒィィ!い、いえ聞こえましたぁあ!!」

日頃からのお二人の『ご歓談』の様子から、仲睦まじいという言葉に戸惑っていた家臣たちですが、やはり噂話など信じてはいけないものです。明らかにアンリ姫に対して殺意たっぷりな王妃に恐ろしくなりますが、家臣にとって、王族の命令は絶対。お役所仕事も辛いものです。

「暗殺者ごときじゃあのパー女の足止めにもなりゃしないだろうが…とにかくあのふざけた噂以上にネタになるようなら何でもいい。まぁ、もしぶっ殺せたらそれはそれで、安心しろ。おまえの罪状は俺様が隠蔽だろうが買収だろうがして握りつぶしてや――」
「わ、わかりましたぁぁ!」

淡々と語られる恐ろしい台詞に耐えられなくなった哀れな家臣は、恐怖のあまり思わずこぼれそうになる涙を懸命におさえ、今度こそはと部屋を飛び出しました。非常にも、王族から王族の暗殺を命じられるという口に出すこをを憚るような命令をさらっと命じられた家臣は、しかしながら、なにかしら行動を起こさねば自分などあの王妃にあっさりと斬首されてしまいそうです。今までの自分の行いを振り返るも、それほどまでの試練を課せられるほど悪いことをしたことはないと自負していた家臣は、ただただ、ひたすらに自分の運命を呪うしかありません。

本当に、お役所仕事も楽ではありません。
憐れ。


***


「……いや、だから憐れじゃないし。なに続編展開してるんだ」
「夢だぜ?見ちまったもんは仕方ねーだろ」
「そんな胸張られてもな…」

「だっておもしろいと思わねぇ?アリエルくん」
「いや全然。とりあえずイーグとアンリが聞いたら発狂しそーだから本人達には言うなよ」
「わかってるって。だからお前に言ってんじゃん。前は結局、罵り合いから乱闘に発展して、
 アンリが椅子3個破壊した挙げ句、イーグのヤツはテーブル燃やしちまったんだっけ?」
「あぁ…あの後、弁償にまた金が飛んで…」
「ケチケチすんなよ、御曹司」
「そーゆうわけにいくか!!偽名まで使ってる以上、グランティーナ名義の金なんて使えないし…
 今月は特に仕事も少なくて、テーブル分は頼み込んで来月まで待って貰ってるんだぞ?」
「さっすがパーティの会計係。おっまえ、地味に苦労してるよなぁ…」
「その苦労の発端者に言われても嬉しくない」
「だぁーってー、面白かったからみんなで共有さしたげよーと思ってぇー」
「いらんっ!!」



贈りあいましょ入り林檎 - U



2011.12.26 ... 花酉