※この話は、本編でボツになったアンリ・エルナードの出会いネタです。
  一種のパラレルとしてお読みください。



She is an EXCEPTION !!



女性の定義とは何だろうか。
ふいに浮かんだ問いをゆっくりと反復してみる。

女性、おんな、婦人、女子。

そういった単語が当て嵌まる人が、生まれながら誰しも身近に一人くらいは思い浮かぶだろう。まず母親が居るし、祖母や、姉、妹の場合だってあるかもしれない。
世界には生まれた瞬間に母や祖母といった女といったものから男子を引き離して育てる民族が居たようにも記憶しているが、それはあくまでも特殊であったから本に載っているのだろうから除外する。

何わともあれ、例に漏れず、エルナード・アーリアにとって、女性とはまず母のことであり、姉のことだった。

世界の何もかもが未知のもので、見るもの全てが己にとって受け入れるものであった幼いころ、最も身近であり、自分の世界の多くを占める家族。
王妃でありながらも、子供との時間を大切にしてくれた母は必ずお茶の時間には自分を呼んでくれたし、王族として身につけるべき勉学の後、疲れたエルナードに『よく頑張ったわね』とその美しく優しい笑みをかけてくれるのは姉だった。

幼い頃、エルナードの周りはたくさんの女性の優しさで溢れていたのだと思う。

政務に忙しい父とは幼い頃とはいえ自由に会うことはできなかったし、兄とは距離があった。
きっと癇癪を起こし我が儘を言えば、仕方のないと大臣達は笑いながら会議の時間を僅かに遅らせ、あるいは式典の日時を調整してくれたのかもしれない。しかし、父の忙しさも、兄達の困ったような表情も知ってしまっていた子供らしくない俺を、母も、姉も、そして女官たちも知っていて、だからより一層可愛がってくれていたのかもしれない。

身の回りの世話をする女官達。
俺にとって母と姉に続いて浮かぶ女性のイメージは、彼女たちだ。

美しく、優雅で、慈愛に満ちた女性たち。彼女たちの多くが貴族の娘であり、幼い俺の世話をしてくれる彼女たちは皆、夫がおり、子がいる婦人達だった。
母や姉とは違う穏やかな雰囲気を醸し出す彼女たちは、優しく、しかし時に厳しい口調で俺に様々なことを教えてくれる存在だった。王族としての知識ではない。花を育てる方法や、簡単な調理の仕方、城下での流行の言葉や品物。彼女たちが嬉しそうに話す内容はキラキラしていて、妙齢となって皺のわずかに浮かんだ頬をふんわりと綻ばせる彼女たち自身も、春の木漏れ日のようにキラキラと暖かな光のように輝いている。

エルナードは、彼女たちが好きだった。

彼女たちがエルナードを慈しんでくれたように、エルナードも彼女たちを愛していた。

家族である母と、姉。
家族と同様に愛しい女官たち。

幼いエルナードにとって、女性という自分と違うものへのイメージを創り上げた女性達。
やがて様々な思惑を含んだ貴族の娘から、ひっそりと下りた城下の店先で逞しく声を上げる女将たちまで、多くの女性を見て、知ることにはなったが、根底に培われたものはそうそう変わらない。

女性とは、エルナードにとって慈しみ、護るべきものであった。

男と違い、触れた柔らかな肌がそう思わせたのかもしれないし、やがてその見上げていた背の多くを超すようになったからかもしれない。花を活け、料理を作る姿が男の剣を握る姿とは全く違っていたからかもしれないし、たとえ剣を握る者が居たとしても、彼女たちの背筋はピンと伸び、男よりも細身の剣を振る姿は華麗なものであり、美しいと感じるからかもしれない。

何にせよ、成人の議を終えたエルナードにとって、女性とはそういうものだったのだ。
美しく、穏やかで、護るべきもの。


そう、美しくて、穏やかで、護るべき―――




「俺は世間知らずだったんだな・・・。」
「何を今更。」

思わず呟いた言葉に満面の笑みを浮かべた護衛の男が、常の軽い口調で返すのに俺は頭を抱え込んで蹲る。我ながら情けない姿だが、どうせ此処は城でもなければ、誰かの目のある場所でもないのだ。知ったことか。

「まーまーそんな落ち込まなくても。大丈夫アイツは例外ですよ。」
「例外・・・?」
「そうそう、珍獣みたいなもんです、珍獣。」
「珍獣・・・。」

あ、そりゃヴィタの方か!そう面白そうに笑う男・・・ユィンの言葉に反射的に言い放とうとした言葉を飲み込む。女性に対してそういった言葉はよくない、なんて。決して間違ってないはずだが、あんなことがあった後では、この場でこの言葉は当て嵌まらないような気すらする。

「悪気があってやったわけじゃないと思いますよ?こっちだってエル様が王子様ってバレるのヤダヤダーって言うから身分隠してきたんだし。」
「おい誰がそんなこと言った。俺は、此処で身分を明かすのは危険だと言ったんだ。」
「はいはいそうでしたっと。・・・まー、とはいえ、一応はアイツも善意で言ったわけでー」
「そういう問題じゃないっ!!」
「正体ばらした後謝ってたじゃないですか。ちゃんと――」

「『もやしっ子は邪魔だから大人しく隅っこで震えてなさいよっ!!』て言ってごめんなさいって。」

耳を塞いで再び頭を抱え込んだ俺を見て、ユィンが堪えきれなくなったのか腹を抱えて笑い出す。
非常に腹立たしい。国に戻ったら一番にこいつの今月の給料を減給するよう要請しよう。そう気を紛らわそうとするも、先ほどの出来事の傷は癒えはしない。

確かに、こちらにも非があったのは認めよう。

身分を明かすのを良しとせず、剣とは縁遠い商人の親族を名乗ったのだから、武器としての剣をタダの飾りと思われたって仕方ない。実際、賊が襲ってきた時に奥に下がったのだって認める。万が一にもこのような場所で怪我をしてはいけない身分だ。第一、そんな時のために腕だけは立つユィンを引っ張ってきたのだ。あの程度の人数、ユィン一人で片付くだろう。そう分かっていたから下がった。

だが、女性が素手で突っ込んでいくものだなんて誰が思う!!?


『おい、待て!あの程度ユィンが片付ける。大人しくこちらに・・・』
『はぁ?何言ってんのよ。あいつら賞金首じゃない。今月の宿代ユィンくん一人になんか譲らないわよ!!』
『その勇気は良いが、怪我をしたらどうする!剣も持っていないんだろう!』
『剣なんかいらないの!ってか離しなさいよ!』
『危険だと言っているんだ!どうしてもと言うなら俺が行くからおまえは――』

『離せっつってんでしょーが!!セクハラで訴えるわよ!!
 ってかアンタが剣をどのくらい使えるのか知らないけど、そんなすぐに抜けもしない
 へなちょこのもやしっ子は一人後ろでガタガタ震えながら蹲ってなさいよ!!』


一息で言い放った少女が振り向き、腕を振り払われて――


「鳩尾にいいパンチ食らっちゃって伸びてたわけですね。」
「殴るぞ。」
「事実でしょ?ま、素手の勝負でアンリ相手じゃオレだって危ないし。」
「・・・なんの冗談だ?」
「だから言ってるでしょ、例外だって。性格込みでね。」

オレだってあんなの見たことないですよ。そう言いながらもより楽しそうに笑うのだから、コイツは存外あの少女を気に入っているんだろう。
視線を向ければ、パチパチと音を立てる焚き火の先で、ぐっすりと眠り込む少女の姿が見える。地面もゴツゴツしてるし、当然布団もないし、枕さえないというのに。暫く眺めるも、寝返りすら打たず全く起きる気配の無い姿に、なにやら悲しい気分になってくる。

「姉上にも殴られたことなかったのに・・・。」
「あら、アンリが初めての人になっちゃいました?きゃー新しい扉が開かれちゃうかも!?」
「・・・ユィン」
「なんです?」
「おまえ、戻り次第2ヶ月減給しておくからな。」
「ちょっ!無理無理!!オレ今月ガキどもにタカられたのと家賃で――」
「知るか。」


女性は、護るべきもの。
そんな俺の定義を完膚無きまでに叩き壊すことになる少女との、これが出会いだった。


2011.5.20 ... 燈箭