身体の調子がおかしい――そう気がついたのは昨晩のことだった。

昨日はアンリちゃんとヴィタくんと3人で魔物討伐の依頼を受けていた。
人の良さそうな笑みを困ったようにしながらラッドヒート社の荷を運ぶ依頼人が見たという魔物は、たしかに数が揃えば面倒だが、そう強い敵ではない。二つ返事で引き受け、ヴィエラから数時間ほど行った山道で仕事を終え、特に大きな問題も無く帰路についた。

そう、問題はなかった。
――突然降り出した雨に遭ってしまったことを除いて。


「うっわ・・・やっぱ降ってきた・・・!」

ヴィエラの北門まであと少しというところで、アンリちゃんのそんな声と共にポツリと鼻の頭に水が触れる。それを合図に突然降り出したスコールのように強い雨。
慌てて駆け込んだ木の下も、強い雨粒は葉を弾いてしまい長時間の雨宿りの役目を果たしそうもない。頭上を見上げれば、視界いっぱいに広がる真っ暗な雲。とても、短時間でやみそうもない。

「結構強いし・・・どうしよ、どっかで雨宿りできるとこ探す?」
「うーん・・・でも、もう夕方だし…早く帰んないと門が閉まっちゃうんだよねぇ・・・」
「そーだね・・・っと、ヴィタくん?大丈夫??」
「おれはだいじょう・・・っくしゅ!」

小さく抑えたように聞こえたくしゃみ。その音に、アンリちゃんと顔を見合わせる。
高さの無い木は、それでも背の高い俺や俺の肩ほどには背のあるアンリちゃんの肩ほどまでは雨を凌いでいてくれていたようだが、この小さな少年ではそうはいかない。アンリちゃんに買って貰った帽子が濡れるのが嫌なのか、大事そうにぎゅっと胸元に抱えて立ったヴィタくんの草木色の髪に触れてみれば、すでに重みを感じるほどに濡れてしまっていた。

「やっぱりちょっと雨は強いけど・・・早く帰って宿であったかいココアでも淹れてもらおっか」
「そうだね・・・此処に居ても、正直寒いし」

手早く取り出したタオルでとりあえずヴィタくんの髪を拭いてやっているアンリちゃんを見れば、格闘術を得意とするためか動きやすさを重視して軽装の彼女の肩も、かすかに震えていた。

―――雨と共に、気温も下がってきたのだ。

ぶるりと大きく震えた肩を見かね、着ていたコートを脱ぎ、アンリちゃんの肩に掛けてやる。

「え、いいよロウくん、アタシわりと丈夫だし」
「だーめ。女の子は肩冷やしちゃいけないんだよ?俺のほーが丈夫だからさ」
「でも・・・」
「それより急ごう?ここからなら頑張って走れば10分くらいで門までつくよ!」
「う、うん・・・」

木の下を抜け出し、街道沿いを一気に走る。薄手のシャツなどあっというまに染みこんだ水で色が濃くなって、張り付いて気持ちが悪い。それでも叩きつけてくるような激しい雨にびしょ濡れになりながら、宿に戻って・・・迎え出てくれたアリエルくんに叱られながらも、アンリちゃんとヴィタくんをお風呂に送り出した。適当に水滴を拭っただけの状態ではあったが、出されたココアが甘くて、あったかくて、魔物討伐やら走ってきた疲れが一気に来て・・・――


――そのまま、椅子なんかで眠ってしまったのが悪かった。


「…熱があるな」
「え、えへ…」

翌朝。爽やかな鳥の鳴き声と昨日の雨が嘘だったかのように晴れ渡った空の下、怒っているかのような口調で告げられた言葉に精一杯の笑みを浮かべると、言葉の主であるアリエルくんが大きくため息を零すのが聞こえた。

それもそうだろう。
昨晩、どうにか部屋に寝ぼけたまま戻るも、散々風邪をひくからそのまま寝ないようにと揺り起こされたのを、空返事だけ返して結局寝入ってしまったのだ。宿で同室の彼は、いつもは同じくらいに目を覚ますはずのオレが起きないのを不審に思ってみれば、布団にくるまりながらも、真っ赤な顔をして寒いと震えるオレを発見したというわけで。

すぐに熱さましに冷たいタオルまで用意してくれたのだから、溜息と少々長いお説教も甘んじて受けねばなるまい。

「ロウさん、今日依頼は?」
「特にない、はず…だけど…」
「なら今日はとにかく休んで、治すことに専念したほうがいい」

とりあえず、きちんと医者に診てもらった方がいいかもしれないから呼んでくる――そう言って部屋を出て行ったアリエルくんに礼を言って見送ると、静かになった部屋の中での静寂が耳に痛い。身体は重いし、寒いのに熱っぽい。酷い頭痛も吐き気もないけれど、気分は落ち込んでいく一方で、振り切るようにギュッと目を閉じる。

―― そういえば、アンリちゃんとヴィタくんは大丈夫だっただろうか?
2人ともすぐにお風呂で温まったとはいえ、宿に戻るころにはずぶ濡れだった。自分のように風邪を引いてしまっていなければいいけど…

そんなことをうつらうつらと考えていると、ガチャリと部屋のドアノブが回される音が響く。
アリエルくんが帰って来たにしては早いような…眠ってはいないけれど、一度閉じた瞼を開くのもなんだか思うようにいかずに瞼を閉じたままでいると、ひそひそと何かを小声で話す音に、ごそごそとした物音。
どうやら1人じゃないようだけど、誰か来たのだろうか。そう思ってようやく重たい瞼を開けると、そこには覗き込んだ薄い青のかかった黒と、林檎のような赤の2色の瞳があって、ぼやけた頭がぱちりと目覚める。

「あ、ロウくん起きた」
「…へいき?」

普段の元気そうな表情とは一転して、心配げに眉を寄せた2人――アンリちゃんとヴィタくんが声を潜めながら俺を覗き込んでいた。ヴィタくんがぬるくなってきていたタオルを、たどたどしい手つきで水に浸して絞ると、また額にのせてくれる。

「あのね、ヴィタくんと一緒に桃缶買ってきたの。食べれる?」
「あと…みかん…」

取り出された小さな缶詰。――そういえば、アリエルくんに朝ごはんは食べれるかと聞かれて、食欲がないって言った気がする。きっとそれを聞いて、わざわざ買いにいってくれたのだろうか。

――やばい、嬉しい。

相変わらず身体はダルイし、熱っぽいのに、先ほどまで落ち込んでいた気分が嘘のようにはれていく。思わず2人を抱きしめたくなったけど、身体が思うように動かなくてそれは叶わない。

「あ、りがと、アンリちゃん、ヴィタくん…」

かすれた声をどうにか出して御礼を言えば、ぱぁっと明るくなった2人の顔。
早く治そうと思った。だって、こんなに心配してくれて、わざわざ桃缶と、みかん買いに行ってくれて――

(風邪なのに、なんか得した気分…)

「あ、こらっ!うつるからヴィタは部屋に入れるなって言っただろ!」
「うっ…ちょっとくらいいいじゃん!ヴィタくんだって心配だったんだもん!」
「そりゃそうかもしれないけど…ヴィタはカルナークなんだから、耐性や抗体が人とは違うんだ。人にとってはただの風邪でもその菌やウイルスが原因で何か重い病気になる可能性だって――」
「わかったわかった!もう出てるって!」
「ケチ…」
「誰がケチだっ!」

心配をかけてしまったのは申し訳ないけど、治ったらきちんと謝って、そしてお礼言おう。
そう、明日治ったら・・・――

そんなことを考えながら、ゆるやかに訪れる眠気に意識が沈んでいく。
ますますヒートアップしていく賑やかな話声を子守歌に、眠りについた。




のち



2011.09.05 ... 燈箭